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2012年9月5日水曜日

「氷菓」とEvernote

「氷菓」の第19話「心あたりのある者は」と第20話「あきましておめでとう」は、『遠まわりする雛』という原作に収められているということで、そのタイトルを英語にしたものが、

Little birds can remember.

ということになって、アニメの終わりに表示されているわけですが、これって、アガサ・クリスティの1972年に刊行された著作『象は忘れない』に由来しているのだそうです。英語だと、

Elephants Can Remember.

・・・だそうです。


で、このことで思い出したのが、Evernoteが象をシンボルマークにしているということ。こちらは、

Elephants never forget. 

という英語のことわざにちなむものなのだとか。


Elephants Can Remember.とElephants never forget. ・・・同じようにも思えますが、ニュアンスや使われている地域が異なるのでしょうかね〜。

「氷菓」第20話の感想

「氷菓」の第20話「あきましておめでとう」を観て以来、この話自体には「青春のほろ苦さ」的要素は無い、ということでいいのかどうかを考えていました。

無理矢理こじつけるとすれば、折木奉太郎と千反田えるの仲の良さに対して、観ているこちら側が「青春のほろ苦さ」を感じさせられるという趣向になっている、と考えられなくもないわけですが。

で、先ほど、再び第20話を観てみたのですが、折木奉太郎と千反田える、福部里志と伊原摩耶花・・・それぞれがやはり羨ましいな、と w それに比べて自分の高校時代は・・・みたいな流れにどうしてもなってしまいますね〜。

でもそれだと、やられっぱなしみたいで悔しいので、「青春のほろ苦さ」的要素を強引に見つけ出してみることに。で、思いついたのが次の点です。

まず、荒楠神社で奉太郎とえるが逢った場面。「(着物を)見せびらかしにきました!」と笑顔で言うえるに対して、奉太郎は褒め言葉をひと言も発することができないわけです。奉太郎にとってこのことは、あとになればなるほど後悔の度合いが大きくなる出来事となるはず。

ああいう場合はお世辞でもなんでもいいから・・・というのは大人の意見であって、若い時は言えないものですよねぇ、やはり。相手が同じ年齢の女の子であれば、なおさら言えないものでしょう。

そしてもうひとつは、旧家同士の付き合いというものがあって、折木家はそこには属していないということ、そして、そうした付き合いで必要となる社交上のマナーも当然のことながら身につけていないということを、奉太郎は自覚させられたということです。

えるは、個人云々よりも「家」というものが場合によっては優先されるような環境で生活しているわけで、奉太郎とえるという関係の背後には、折木家と千反田家という関係の問題も出てくる可能性があるということ。そこまで大げさではなくても、奉太郎にとってはこれまであまり考えたこともないであろう「家」を意識させられることにはなったはず。

で、この「家」の問題、もっとぶっちゃけた言い方をすれば、家柄や格式の違いの問題は、奉太郎の心情としてはプラス方向に働くことは無いわけで・・・。

ということで、強引に「青春のほろ苦さ」的要素を探してみたわけですが、我ながら必要の無い作業だった可能性の方が高いように思っています w

この話の最大のテーマは、やはり、福部里志と奉太郎の二人の意思疎通ぶりにあるのでしょう。

そうそう、千反田えるの父親の名前は、「鉄吾」っていうんですね〜。何か由来があるのでしょうか?


「家」の問題は、最終話である「遠まわりする雛」でもテーマのひとつとなっているように思います。


辛コショウ


昨日収穫した辛コショウ(青トウガラシ)です。

苗を買った時、同じ場所からポットを選んだはずなのに、どうも2種類あるようなんですよね〜。

包丁で刻んで、コショウ味噌にします。

マンサード屋根の柏山邸

木造三階建ての建物は、交通博物館があった旧万世橋駅跡地の目の前に位置する。正確な年月は不明だが、大正期の建造とされ、家の正面部分に、現在は薄緑色になった銅板が張られている。屋根は勾配が上部は緩く、軒に近い方で急に折れ曲がっている。

屋根の勾配が左右で非対称なのは、どういう理由によるものなのでしょうね〜。どちらかが南側で、日射しを考えたものだとか?

内覧会には行ってみたいところですが、東京ですからねぇ、サスガに・・・。三階の内部がどんなものなのか、気になります。