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2019年12月30日月曜日

「舟歌」


一年の締めくくりの夜は、やはり、この歌だという感じがします。

この夜は大晦日という設定だと思い込んでいましたが、30日の夜だったんですね〜。

独り五郎の墓参をしたあと、連絡船の欠航で所在無い英次は、暮れも押し詰まった三十日だというのにまだ赤提灯の灯る小さな居酒屋「桐子」に入った。女手一つで切り盛りする桐子の店だが、他に客もいない。テレビでは八代亜紀の「舟唄」が流れている。「この唄好きなの、わたし」と桐子は咳いた。自分と同じく孤独の影を背負う桐子に、いつしか惹かれる英次。

それにしても、倍賞千恵子さんのちょっとした仕草の凄いこと。周囲にたくさんのスタッフがいる中での演技とはとても思えないですもんね〜。


手土産が仏壇に供えられること


実家はキリスト教(プロテスタント)なので仏壇はありませんが、タンスの上に亡くなった祖父母や父の写真を飾ってある一角があります。

母はお土産物などはまずはそこに持っていて、「〇〇さんからこのような素敵なものをいただきました」みたいな報告をしてから開封し、すぐに食べられるものならみんなで分けていました。

「家にお邪魔する」とか「お宅に伺う」などとも言いますから、訪問並びに手土産は訪問先の個人よりも「家」を対象にしていると考えれば、先方にご先祖様がいる場合は手土産の披露がご先祖さま優先で行われるのはむしろ自然な行為なのではないかなァと思います。

写真の過剰レタッチ


撮影後の過剰なレタッチだけでなくて、HDRやフィルター効果を効かせ過ぎているのも自分は好きではないのですが、好き嫌いの問題はともかく、「過剰レタッチ」された作品を筆者なりの「写真」の範疇で見ようとするから違和感があるのではないでしょ〜か。

カメラ機材やパソコン、編集ソフトを絵筆代わりに使った「絵画」とか新たな分野の作品だと考えれば、そして、それが撮影者の意図や好みを反映しているものであるのなら、それはそれで大いにアリだと思いますけれどもね〜。

「アサヒカメラ」に掲載されるモノクロ写真だって、いろいろなテクニックが駆使されて、現実の風景や人物とはかけ離れた、ぶっ飛んだ作品がたくさんあるじゃないですか。どうしてデジタルだとダメなのでしょう。

絵画においても、実際の風景とは似ても似つかないような表現の作品に仕上がっていることはたくさんあるわけで。

要は、編集テクニックが似たような傾向の作品ばかりが溢れてきているということに、飽きたり危機感を抱いたりしているということなのではないかと思うのですが。

雨の朝です。

長野県中部の予報では、正午までの降水確率は70%で雨か雪。18時までは40%、以降は10%となっています。

日中いっぱいは、外出しても楽しめなさそうな天気かもしれませんね〜。