明治政府は一連の条約改正を政治課題に掲げて前政権である幕府の無能無策を強く主張するキャンペーンを張り、これが通説として長く信じられるようになった。
有名な「泰平の眠りをさます上喜撰たつた四はいで夜も眠れず」という狂歌が当時歌われたとされるが、実はこの狂歌、史料上確認できるのは明治時代になってからで、どうも黒船来航時のものではなく、後世の創作らしい。
幕府を貶めるキャンペーンを画策・推進した中心人物って、誰なのでしょうね〜。
以前にも書きましたが、ペリー来航前後の外交面でのゴタゴタの様子はかなり面白そうです。