娘がもう少し大きくなっていればバスや地下鉄で移動するのですが、今回は雨も降っていることもあってクルマで移動しました。
娘の誕生日や名前は実は上賀茂神社と関係があるので、まずはそこに。雨でしたけれども、茅の輪くぐりをしたり、夏越の祓えの神事の一部を見ることができたりして大満足。
次は大原へ。数年前に一人で来た時に主だったところは巡っているので、今回はクルマで大原をぐるっとひと回り。
「里の駅 大原」で買い物をして、外のベンチでお昼にしている時に雨が上がりました。
最後に東福寺へ。
若い母が生まれて間もない自分を抱っこして東福寺の境内で記念撮影した写真を最近になって見つけたので、同じ場所で自分や妻が娘を抱っこして同じような写真を撮ろうという目的です。京都は寺社はもちろんですが街並みも大きな変化が少ないので、こういうことができるのが良いですよね〜。
将来、娘が修学旅行などでここを訪れた時に同じ場所を探して写真を撮るというのは、きっと楽しいイベントになるのではないでしょうか。
ちなみに、自分が生まれた時に暮らしていたのは東福寺から近い泉涌寺のそば。父と母は学生結婚で貧乏だったようですが、時代背景もあって希望を抱いて楽しく暮らしていたようです。泉涌寺道や東福寺あたりは当時、家族3人でよく散歩したのだそう。
余談ですが、この当時住んでいたアパートがあった場所を京都に行くたびに探しているのですが、見つからないんですよね〜。住所はわかっているものの、そこには古い一戸建てがあって、そこではないようにしか思えないというか。今度訪れた際は地元の人に尋ねてみようかと思っています。
写真は省略しますが、東福寺の庭園も見てきました。長野県のお寺で、こういう素敵な庭園があるところがたくさんあればいいのですけれどねぇ。京都はそういうところが羨ましい限り。
また近いうちに京都で寺社巡りをしたいものです。
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2017年6月30日金曜日
2017年6月29日木曜日
晴明神社
ホテルの近くのスーパーで買い物をしたあと、ぶらぶらと散歩をしていたら晴明神社にたどり着きました。
この場所は安倍晴明の屋敷跡だそうです。
境内のあちらこちらに五芒星が。
日本の平安時代の陰陽師、安倍晴明は五行の象徴として、五芒星の紋を用いた。「安倍晴明判(あべのせいめいばん)」や「晴明九字(せいめいくじ)」とも言い、キキョウの花を図案化した桔梗紋の変形として、「晴明桔梗(せいめいききょう)」とも言う。家紋として現在使用されているものの多くは、桔梗紋の清明桔梗と見られ、現在も晴明神社の神紋などに見ることができる(セーマンドーマンも参照)。
上の解説の最後にある「セーマンドーマン」ですが、
セーマンドーマンまたはドーマンセーマンとは、三重県志摩地方(現 鳥羽市と志摩市)の海女が身につける魔除けである。
陰陽道と関係するのではないか、ともいわれ、星形の印は安倍晴明判紋、格子状の印は九字紋と同じ形状である。このセーマンは安倍晴明、ドーマンは蘆屋道満の名に由来するともいわれる。伊勢志摩の神島地方の海女は、この両方をあわせて『セーメー』と呼称している。
ということで、やはりこの動画を思い出してしまいます w
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