2021年1月4日月曜日

渡鹿野島ルポ




江戸時代に江戸と大坂を連絡する菱垣廻船・樽廻船が増え、避難・風待をする港としての重要性が高まった。船乗りなどのための宿のほか、風待ちの船乗りを相手とした把針兼(はしりがね)と言われた水上遊女なども集まり、遊廓街としても大いに栄えて女護ヶ島の別名を持った。
海水浴や志摩スペイン村の宿泊地として家族連れや団体に利用されるほか、公然と売春が行われ売春島として名高く、男性集団が買春を目的に島を訪れることも多かった。ただし近年性産業従事者は著しく減少、高齢化している。

飛田新地で生きる人々




1958年の売春防止法施行以後は料亭街『飛田料理組合』となっているが、現在も転向以前の雰囲気を残している。大部分の「料亭」は看板は料亭であるが、営業内容は1958年以前と何ら変わりがない。表向き料亭に転向することにより、料亭内での客と仲居との自由恋愛という脱法行為として売春防止法を逃れられたためである。
2018年5月、山口組系極心連合会幹部とその内縁の妻が売春防止法違反容疑で逮捕。


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